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let me speak of love, roxanne

   
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いきる

高校時代の友人の、お通夜に行ってきた。砂雄との旅行から帰ってきて、すぐまた家を出て斎場に向かった。
思ったとおりだった。実感は、ないままだ。

線香と、焼香、二回列に並んだ。意味のわからないくらい大人数がそこにはいて、ゆっくりとゆっくりと、一歩ずつ彼女の遺影に近づいていく。
一歩前に進と、実感は逆に、薄れていくような気がした。もう一歩進むと、今度は実感がそこにいる人すべてを丸め込んだような気がしてきて、もう一歩進むとやっぱりどうも信じられない、と思えてきた。
棺の中の彼女は、きれいだった。
口紅が色白の頬に映えて、でも、人形のように見えた。本当にこれ彼女なんだろうか、と一瞬疑った。私が知っている彼女は、こんなに色白じゃなくて(色白ではあったけれど、こんなにじゃなかった)頬はいつも上気していたし、目を、閉じてはいなかった。
もう笑ってくれないんだ、と思うと、少し涙が滲んだ。けれど、泣きはしなかった。泣ききれなかった。なぜだか、泣いては申し訳ないという気がしてしまったし、泣くには、自分の中で消化しすぎていた。彼女の、死を。

泣かないとだめなのかな、とちょっと思って、そんなことないだろうと思いなおした。智美はそんな湿っぽいのはきっと好きじゃない。でも、もし彼女が友人の死に向き合ったら、きっとあの子は泣いただろう。そういう子だった。

私は泣かない。けど、悲しくないわけでもどうでもいいわけでもない。泣く代わりに、受け止めたよ。
彼女が教えてくれた「生きる」意味は、私の中で生きてる。

| 日々 | 16:26 | comments(0) |
バラバラ

死んでしまった友達は、解剖に回されたらしい。
だから通夜が決まるのが遅かったのだ、と聞いた。訃報を聞いてから通夜の知らせまで、約5日。

今日、車で東京湾まで行ってきた。向かう途中、彼女の通夜・葬式をするという斎場の近くを走った。
ああついに、というか、やっぱり、というか、事実なのだと、突きつけられたような気がした。彼女の死が。

私が訃報を受け取ったのは先週の金曜日だったが、昨日それを聞いたばかりだという友人から電話があった。
人違いなんじゃないの?
友人は一番最初にそう言った。だっておかしいじゃん絶対あの子じゃないよ私生きてんのにあの子死んだっておかしいじゃんそんなの。そう言った。
なんにも言ってあげられなかった。

おかしいとか意味わかんないとか信じられないとか、そうとしか言いようがない。他に表現のしようがない。
事実だと受け止められるのはいつなのだろう。彼女とは高校を卒業して一回もメールとかしなかったし、ということは通夜に行っても実感はないまま、なのだろうか。彼女は元から、私の生活の中にいなかったから。高校を卒業してしばらくしてすでに、思い出の中の人になってしまっていたから。

旅行を早めに切り上げて通夜に参列する。揃いの緑の制服を着た姿しか知らない彼女が、黒いスーツを着た私を見たら、きっと面白がるんだろう。

| 日々 | 01:07 | comments(0) |
19、20

 友だちが死んだ。
 というメールが、バイト中に入った。午後6時半のメール、見たのは8時半を過ぎたころ。

 高校3年の時のクラスメートだった。
 修学旅行が同じ班で、一時期わりと仲良くしていた子だ。
 バイクにつっこまれて、という話を同じクラスだった別の友だちに聞いた。
 まだ19、これから20歳になる私たちなのに、なのに、彼女は死んでしまった。

 バイト帰り、ラッシュの電車から降りて人の波に押されるように階段を登る。人波は私を置いてきぼりにするかのように、早足で私を追い抜いていき、その流れについていけない自分と、ついていけない彼女のことを思った。

 どうして、なんのために、この人たちは(私は、彼女は、砂雄は)生きているんだろうと、果たしてこの人波を作っている人たちは自分が生きているということをわかっているのだろうかと、そんなことばかり思ってしまって、改札口の色が霞む。

 砂雄のことを思わずにはいられない。
 つい一週間くらい前、砂雄のおじいちゃんが亡くなった。それから砂雄は、気力を、なくしてしまったようだった。
 きっと、生きているということを彼が実感したから、今のままじゃ「生きる」ことにならないということに、気づいてしまったんじゃないだろうか。その意識が、彼の中ではっきりとした形にはなっていないだろうけれど。

 砂雄には、「これ」というものがない。例えば私にとっての創作活動であったり、樹里(あめこの親友でピアニストの卵)にとってのピアノであったりするものが、砂雄にはない。特に好きなものもないから、とりあえず就職する。大学の卒業単位も取ったからとりあえず遊ぶ。そこら中にいる若者そのままの人だ。
 だからこそ砂雄は、生きていることを実感した今、なにかしらの焦りをかんじているのかもしれない。それは私にはない、焦りだ。
 私には文章がある。ことばを綴ることができる。それは「生きる」ことに直結しているから、死を目の前にして生を実感したとき、確かに私は生きているのだ、と思うことができるのだ。
 でも、それは、砂雄には、ない。
 なにかしなければと、砂雄は今もがいている。流砂にはまってしまったようにも見えるけれど、彼は確かに、何かつかもうとしている、ように見える。

 生きていることを知らずに生きるのではだめなのだ。
 「生きる」ことが、死と生を結ぶただひとつのものなのだ。

| 日々 | 00:26 | comments(0) |